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広島地方裁判所 昭和39年(行ウ)4号 判決

広島県佐伯郡大野町三、八四四番地

原告

田丸勝

右訴訟代理人弁護士

早川義彦

同訴訟復代理人弁護士

山本敬是

広島県佐伯郡甘日市町桜尾八五八番地

被告

甘日市税務署長

高田豊吉

右指定代理人

村重慶一

池田博美

赤木誠一

吉富正輝

常本一三

伊藤教清

右当事者間の裁決並に所得税更正決定取消請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告が原告に対し昭和三七年九月一三日付をもつてなした原告の昭和三四年分所得税の営業所得を金一五七、八〇〇円、譲渡所得を金一六〇、〇〇〇円、山林所得を金六、七三〇、〇〇〇円とする旨の更正処分および過少申告加算税金五〇、二〇〇円の賦課決定(昭和三八年一一月五日付広島国税局長の裁決により譲渡所得は金一五三、一三三円、山林所得は金五、三一三、六一三円、過少申告加算税は金二八、九〇〇円と変更された)は、これを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(当事者の求める判決)

第一、原告

主文同旨

第二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

(請求原因)

一、原告は鮮魚類の販買業を含むものであるが、昭和三四年分の所得税確定申告に際し昭和三五年三月一〇日次表原告申告額欄記載の各所得金額の申告をしたところ、被告はこれにつき昭和三七年九月一三日付をもつて、同表更正処分、加算税賦課決定額欄記載の内容とする旨の更正処分および加算税賦課決定をなし、その旨を原告に通知した。そこで、原告は昭和三七年一〇月九日被告に対し異議申立てをしたが、右異議申立ては昭和三八年一月八日付をもつて却下されたので、同月二一日広島国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は同年一一月八日付をもつて前記更正処分等の一部を取り消し、次表の裁決額欄記載の内容とする旨の裁決をし、その旨を原告に通知した。

〈省略〉

二、しかしながら、右更正処分および加算税賦課決定は、次の事由により違法な処分というべきである。

(一)  原告の確定申告にかかる前記各所得金額のうち、譲渡所得および山林所得は、以下に述べる山林売買に関しての所得である。即ち、原告は昭和二八年一月実兄である訴外田丸竹一(以下竹一という)と共同して広島県佐伯郡湯来町和田字スロケ迫三一二番地山林二町一反六畝二四歩(立木、土地双方以下同じ)(以下本件山林という)を訴外下広シゲコ外三名から代金三二〇万円で買い受け(代金は各一六〇万円宛拠出)、これを共有(持分各二分の一)していたが、昭和三四年一〇月訴外市川喜代人に一、〇七〇万円で売却し、右代金一、〇七〇万円は原告と竹一が各五三五万円宛分配した。そこで、原告はこの売却代金五三五万円につき前記譲渡所得、山林所得の申告をしたものである。

(二)  ところが、被告は前記山林は原告と竹一とが共同で買つたものではなく、原告が単独で買い受け所有していたものであるから、市川喜代人に対する売却代金一、〇七〇万円は、全額原告に帰属したものであるとして、譲渡所得、山林所得に関し前記のとおり更正処分等をした。

(三)  なお、審査請求に対する裁決も、本件山林が原告の単独所有であつたとの被告の認定を肯定したうえで、単に必要経費の計算を修正し、更正処分等の一部取消しをしたにすぎないものである。

三、仮に前記二の違法が認められないとしても被告の本件更正処分等は、それがなされるに至つた経過に照らし、信義則上許されない違法なものである。即ち、

(一)  原告は、昭和三四年分の所得税の申告に際し、竹一とともに甘日市税務署の担当官の下に出頭し、本件山林の売買につき実情(共有物の売買であること)を述べてその申告につき相談し、担当官の指示のもとに必要資料を取りそろえ、担当官は、その資料にもとづいて原告の共有である旨の申告が正当である旨認定したので、原告は昭和三五年三月一四日それに従つて納税した。

(二)  その後昭和三六年中にも広島国税局の担当官が本件山林売買に関する調査のため原告および竹一方をおとずれで一切の資料を検討したうえ、原告の申告が正当である旨の結論を得て帰つた。

(三)  しかるに、昭和三七年にいたり、昭和三六年当時における廿日市税務所職員の汚職事件が発覚し、その調査のためか広島国税局の担当官が原告および竹一を呼び出し汚職事件に関係があるか否かを尋ね、原告らにおいて関係のない旨回答すると、担当官は本件山林売買は登記名義が原告の単独名義となつているから共有ということはできない旨言い出し、本件更正処分がなされるに至つたのである。

(四)  ところで、税法の分野においても、信義則の適用があるべきものと考える。そして本件の場合、原告は前記の如く廿日市税務署の担当官の指示のもとに、資料をそろえて申告し、担当官は右申告の正当性を認めたので、原告は被告の右取扱を信頼して納税したのである。しかるに、被告はその後二年余も経過した昭和三七年にいたり(昭和三六年の調査においても、正当としておきながら)、同じ資料中の登記名義の点をとらえ、この点について被告自らなした共有と認める旨の前記取扱を変更し、本件更正処分をしたのであつて、これははなはだしく納税者の信頼を裏切るものである。このような更正処分は信義則上許されない違法なものである。

四、よつて本件更正処分および加算税賦課決定(裁決により一部取消された残部分)は、いずれにしても違法であるから取消ししをまぬがれない。

(被告の認否および主張)

第一、請求原因に対する認否

一、請求原因一項の事実は認める。

二、同二項(一)の事実中、原告が竹一と共同で本件山林を買受け、その代金も各一六〇万円宛拠出して支払い、右山林を共有していたこと、市川喜代人への売却代金一、〇七〇円を原告と竹一とで五三五万円宛分配したことに争うが、その余の事実は認める。同二項(二)、(三)の事実は認める。

三、同三項の主張は争う。

第二、被告の主張

一、被告が本件山林につき、これが原告の単独所有にかかり、売却代金一、〇七〇万円の全額が原告に帰属したものと認めてなした本件更正処分等は、次の各事実等により本件山林が原告の単独所有であつたことが明らかであるから正当である。

(一) 本件山林については、昭和二八年一月二九日受付をもつて原告が単独で売買により取得した旨の登記がなされている。

(二) 原告は、本件山林の登記簿上の所有名義を原告から竹一名義に変更し、その後再び原告名義に戻している。

本件山林に関する登記は、まず右(一)の如く原告名義での取得登記があり、ついで昭和三三年七月二五日原告から竹一に売買を原因とする所有権移転登記がなされたのち、昭和三四年九月二九日には竹一から原告に右売買の合意解約を原因とする所有権移転登記がなされ、同年一〇月一九日訴外市川喜代人への譲渡の登記がなされている。

仮りに、本件山林が原告と竹一との共有であるとしたら、このように本件山林の登記簿上の所有名義が原告から竹一に、また訴外市川喜代人への譲渡の直前に竹一から原告にと変更されたことが全く実体に反することとなり、何故そのような登記がなされたのか理解することができないこととなる。

(三) 原告は本件山林の売却代金を架空名義を用いて預金している。原告は、本件山林を昭和三四年九月二五日訴外市川喜代人に代金一、〇七〇万円で売却する契約をし、同日手付金として一〇〇万円、同年一〇月一九日残金九七〇万円を同人から受け取つたが、このうち手付金の一〇〇万円は受領と同時に四国銀行広島支店へ杉田陽子外三名の架空の名義で定期預金し、同年一〇月一九日受領の九七〇万円については、うち五〇〇万円は広島銀行横川支店外三銀行に原告名義で、うち三七〇万円は四国銀行広島支店へ石塚孝博外一二名の架空名義でそれぞれ定期預金し、残一〇〇万円は現金で持ち帰つている(右預金の詳細は別表記載のとおり)

〇七〇万円のうち、五〇〇万円が原告名義で預金され、かつ一〇〇万円を原告が現金で持ち帰つているのであるから、残額は竹一名義で預金をすれば何ら竹一名義の預金が原告の所得と見みられることはなく、原告は何ら不利益を受けることはないからである。前記の如く、架空名義を用いていることは、却つて右架空名義の預金が原告の預金であることを推測させる。

(四) 本件山林が竹一との共有であるとの原告の主張は、本件山林に関する所得税の軽減を目的としたもので信用できない。

原告は、当初本件山林の売却による所得を昭和三四年分と昭和三五年分に分けて申告するつもりであつたところ、税務当局の資料収集が早急であつたためこれを変更し、竹一と共有していたものである旨の虚偽の申立をするに至つたものである。

すなわち、原告は前記(三)の如く本件山林の売却代金のうち五〇〇万円を原告名義で、四七〇万円を架空名義でそれぞれ定期預金していること、右架空名義の定期預金のうち昭和三五年一月一九日が満期日である二五〇万円(別表の9ないし17)を同満期日に解約して現金で払い出しを受け、同日それを訴外市川喜代人の当座預金に預け入れ、そして改めて同日同額の小切手を同人から受け取り、原告自身が受け取りのための裏書署名をして即時現金化していること、(このうち竹一名義、田丸敏行名義、田丸圭子名義、田丸多加子名義で各三〇万円宛計一二〇万円を定期預金した)本件山林の代金として昭和三四年九月二五日一〇〇万円同年一〇月一九日四七〇万円がそれぞれ四国銀行広島支店の訴外市川喜代人の当座預金から支払われているがこれの払い出し小切手の受取人としての署名は前記二五〇万円の小切手の場合と異なり市川喜代人が行つていること等から推察すると、原告は本件山林の譲渡価額を五〇〇万円と二五〇万円の合計七五〇万円程度に削減したうえ、その一部を昭和三四年に五〇〇万円で、残部を昭和三五年に二五〇万円で譲渡したごとく工作していたことがうかわれる。

ところが、被告において本件山林の真実の売買価額を知るに至つたので、原告は当初の考えを変更し、本件山林が竹一との共有であつたことにしようとし、その裏付けのため昭和三四年九月二五日預け入れの杉田陽子外三名の架空名義の定期預金計一〇〇万円(別表1ないし4)、同年一〇月一九日預け入れた石塚孝博外三名の架空名義の定期預金計一二〇万円(別表5ないし8)前記昭和三五年一月一九日預け入れの田丸敏行外二名の定期預金計九〇万円について昭和三五年三月二日頃四国銀行広島支店に強請して、いずれも預け入れの日にさかのぼつて右定期預金関係の伝票等をすべて竹一名義に訂正させ、しかるのち竹一と原告で本件山林売却代金を二分して確定申告をしたものである。

二、被告の更正処分および加算税賦課決定については信義則違背の違法はない。

原告は、被告の更正処分等が信義則に反し違法である旨主張する。信義則が税法の分野にも適用されるかどうかは議論の存するところであるが、これが適用ありと考えたとしても、本件更正処分等には信義則に反する違法は存しない。

即ち、廿日市税務署の職員が原告主張の申告指導をしたとしても、それは申告者の供述を前提とした事務的手続的なことにすぎないのであつて、原告の供述が真実に合致するか否か、換言すれば本件山林が共有であるか、単独所有であるかについては調査していないのである。

申告指導の段階、すなわち納税者の申告前にあつては税務職員は申告者の供述の真偽を調査することはできないのであり、申告のなされた後になつて初めて申告の当否を判断することができるものであることは更正制度の性質上当然であるといわなければならない。信義則が適用されるためには、税務官庁の言動を納税義務者が信頼し、かつ信頼することにつき納税義務者に責められるべき事由がなく、背信行為のないことを要すると考えられるが、本件においては原告が廿日市税署職員の言動を信頼する理由はなく、かりに信頼したとしても、原告には責められるべき事由があるから信義則の適用される余地は存しない。

(原告の反論)

一、被告の主張一の(一)について

原告が本件山林の売買による取得登記につき、これを原告と竹一の共有にせず、被告主張のように原告単独名義で登記をしたのは、原告および竹一が登記について無智で共有登記ということを知らなかつたためで、登記名義は原告にし、権利証を竹一において所持することにしたものである。

二、被告の主張一の(二)について

本件山林の登記名義が原告から竹一へ、竹一から原告へと変更されている事実のあることは被告主張のとおりであるが、この変更した理由は次のとおりであつて、本件山林が共有であることと矛盾するものではない。即ち、

(1)  原告と竹一は、昭和三三年五月二五日頃、本件山林を大阪市所在の東和株式会社に一、三〇〇万円で売却する契約をし、内金として四〇〇万円の約束手形を受け取り、所有権移転登記に必要な原告の印鑑証明および委任状を同会社に交付したが、その後右手形が不渡りとなつたので調査したところ、右会社はいわゆる朦朧会社であり詐欺にかかつたものであることが判明したので、警察に被害届をするとともに同会社へ所有権移転登記がなされることの防止策を検討した結果、警察の示唆もあつて、昭和三三年六月二七日竹一への所有権移転の仮登記をし、さらに同年七月二五日これが本登記をした。

(2)  その後、東和株式会社は前記委任状等を利用し、同月二六日本件山林につき同社への所有権移転登記をしたが、これを契機に、同社の関係者が詐欺罪で逮捕され、同年一二月四日右所有権移転登記は抹消された。

(3)  このようにして、詐欺事件も落着したので、昭和三四年に至り竹一から原告へ所有名義を戻したものである。

右のとおりであつて、登記簿上の所有名義の原告、竹一間の変更は、詐欺の被害を防止するためやむを得ずしたものであつて、右変更の事実をとらえての被告の主張はあたらない。

三、被告の主張一の(三)について

市川喜代人への売却代金一、〇七〇万円の受領および預金等の経緯は次のとおりである。

(1)  昭和三四年九月二五日受領の手付金一〇〇万円は、竹一がこれを受領して被告主張のとおり杉田陽子外三名の架空名義で四国銀行広島支店へ定期預金した。

(2)  同年一〇月一九日受領の九七〇万円は、うち五〇〇万円を原告が受領し、被告主張のとおり広島銀行横川支店外三銀行に定期預金した。

残金四七〇万円は竹一が受領し、うち三七〇万円を被告主張のとおり、石塚孝博外一二名の架空名義で四国銀行広島支店に定期預金し、その余の一〇〇万円は竹一が六五万円、原告が三五万円宛現金で分配した。

(3)  右のように、売却代金は、五三五万円宛原告と竹一が分配したものである。竹一の預金が、多数の架空名義で分割して預金されているのは、当時旧国民貯蓄組合法四条により三〇万円をこえない定期預金には利子税が課せられなかつたため銀行員が便宜を計りそのような取扱をしたものである。よつて、被告の主張は理由がないものである。

四、被告の主張一の(四)について

原告が所得税の軽減を意図していたとの被告の主張は、被告の単なる億測にすぎない。昭和三五年一月一九日が満期日の二五〇万円の架空名義の定期預金(別表9ないし17)を右満期日に解約して払い出しを受け、市川喜代人の当座預金に預け入れ、同人より同額の小切手を受領した顛末は、右市川の当座取引の実績をあげるためになされたものと思料される。

また右の小切手を現金化した二五〇万円のうち一二〇万円を竹一外三名の名義で定期預金していることは被告主張のとおりであるが、このうち田丸敏行外二名の名義の九〇万円の定期預金につき預け入れの日にさかのぼつて預金名義を竹一名義に変更したことはない。

杉田陽子外三名の架空名義の定期預金計一〇〇万円(別表1ないし4)については、昭和三五年一〇月三日にそれぞれ竹一、同妻田丸フジエ、長女田丸文子、次女田丸順子の名義に変更したものである。石塚孝博外三名の架空名義の定期預金計一二〇万円(別表5ないし8)についても預け入れの日にさかのぼつて竹一名義に変更したことはない。

(証拠)

原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二、第二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし三、第一六号証の一、二、第一七号証、第一八号証の一ないし三、第一九号証の一、二、第二〇ないし第三四号証を提出し、証人中村兼市、同田丸竹一、同土井寿得(第一、二回)、同市川喜代人、同杉浦琢次、同阿寿賀武志の各証言および原告本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立はいいずれも認めると述べ、

被告指定代理人は、乙第一号証の一ないし六、第二号証の一ないし一六、第三号証の一ないし七、第四号証の一ないし九、第五号証の一ないし五、第六ないし第九号証、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一、二、第一二ないし第二八号証、第二九号証の一ないし一二、第三〇ないし第三二号証を提出し、証人古本和雄、同植田儀墨の各証言を援用し、甲第一号証の一、二、第二、三号証、第一五号証の二、三、第一七号証、第一八号証の三、第一九号証の二、第二二号証、第三〇ないし第三三号証の成立はいずれも認める。甲第四ないし第一四号証、第一五号証の一、第一六号証の一、二、第一八号証の一、二、第一九号証の一、第二〇号証、第二三ないし第二八号証の成立は各否認する。甲第二一号証は官公者作成部分の成立を認め、その余の部分の成立は不知、甲第二九、三四号証の成立はいずれも不知と述べた。

理由

一、請求原因一項の事実、原告の確定申告にかかる各所得金額のうち、譲渡所得、山林所得が本件山林を昭和三四年一〇月訴外市川喜代人に売却したことに関しての所得であること、原告は右山林が竹一との共有(持分各二分の一)であつたので売却代金一、〇七〇万円の二分の一である五三五万円の分配金があつたとして、右譲渡所得、山林所得の申告をしたことおよび請求原因二項(二)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、竹一と原告が実の兄弟であることは被告の明らかに争わぬところである。

二、そこで、本件山林が原告の単独所有にかかるものであつたか、原告と竹一との共有にかかるものであつたかの点につき検討する。

(一)  買受時の状況

まず、本件山林を売買により取得した状況についてみるに、登記簿上、昭和二八年一月二九日受付をもつて原告が、売買により所有権取得をした旨の記載があるが(この事実は争いがない)、証人中村兼市、同土井寿得(第一、二回)、同田丸竹一、同阿寿賀武志の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、本件山林は昭和二八年一月訴外下広シゲコ外三名から代金三二〇万円で買い受けたものであるところ(この事実は争いがない)、右売買は訴外中村兼市が仲介し、同人は原告と竹一に対し本件山林をよい買い物であるから共同で買うよう話を持ちかけたこと、そこで原告と竹一は相談のうえいずれも単独で買うのには負担が大き過ぎるとして、購入資金を出しあつて共同で買うこととし、売買代金三二〇万円は原告と竹一とが各一六〇万円ずつ出資して買い受けたこと、兄竹一は所有山林を売起処分して右資産を容易に捻出できたが、原告はその自己資金では足らず岐阜方面にいる姉婿から不足分四〇万円を借り入れていること、しかし売買による所得権移転登記については、共有登記ということに関する知識を有しなかつたこともあつたため、原告、竹一、前記中村の三者の話合いで、取得権名義を原告とするかわりに登記済証を竹一が保管することにより、いずれも単独で処分することが困難な状態にしておき、共有の実をとることになり、前記原告単独名義の所有権取得登記がなされるにいたつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  詐欺事件の際の被害の届出状況等

官公署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき証人阿寿賀武志の証言により真正に成立したと認められる甲第二一号証、成立に争いのない甲第二二号証、第三二号証、乙第三〇号証、証人土井寿得(第一、二回)、同杉浦琢次、同田丸竹一、同阿寿賀武志の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告と竹一は昭和三三年五月頃、訴外土井寿得(原告の義父である)の仲介により本件山林を大阪市所在東和株式会社に売却することとし、右土井を通じ原告名義の所有権移転登記申請委任状ならびに原告の印鑑証明書を同会社の者と称していた李吉男等に交付したが、その後右会社は営業停止状態にあつて代金の支払能力はなく、右李吉男等が同社の名前を悪用し詐欺行為を行つたものであり、李吉男らは詐欺の常習者であることが判明したため、原告と竹一は広島県警察本部捜査第二課へこれが被害の申告をしたが、その際原告と竹一は捜査官に対し本件山林は登記名義は原告の所有となつているが、真実は竹一と共同で購入した共有のものである旨供述していること、また本件山林については昭和三三年六月二七日受付をもつて原告から竹一への所有権移転請求権保全の仮登記、昭和三三年七月二五日受付をもつて原告から竹一への売買を原因とする所有権移転登記、昭和三四年九月二九日受付をもつて右各登記の抹消登記がそれぞれなされているが(右のうち昭和三三年七月二五日受付の所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがない)、右各登記がなされた事情は、前記の如く委任状等を李吉男に交付してしまつたため、同人等がこれを利用し所有権移転登記手続をするのを防止するため、捜査官の示唆により原告等において右のとおり竹一への所有権移転請求権保全の仮登記等をなしたが、その後詐欺事件が落着したので、当初の約旨の状態に戻すため、前記各抹消登記をなしたもので、これを要するに、前記各登記は詐欺の被害を防止する手段として採られた応急の措置であることがそれぞれ認められ、この一連の登記等の手続によつて権利関係にいささかの消長をきたすものではない。

(三)  売却時の状況等

本件山林が昭和三四年一〇月訴外市川喜代人に一、〇七〇万円で売却されたことは当事者間に争いがないが、証人土井寿得(第一、二回)、同市川喜代人、同中村兼市、同田丸竹一の各証言および原告本人尋問の結果によると、右売買は原告及び竹一の依頼にもとづき訴外土井寿得、同中村兼市の仲介で行なわれたが、右両名はこの山林を原告および竹一の共有として扱い、右売買交渉の席には原告と竹一が臨み、右両名が相談のうえ売却代金額その他の取引条件を決めたこと、そして買主の市川喜代人も右の状況などから本件山林が原告と竹一との共有にかかるものと信じて売買契約をしたこと、なお、本件山林の固定資産税は買受けから売却にいたるまでの間原告と竹一とが折半して負担していたことがそれぞれ認められる。

証人古本和雄の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(四)  売却代金の分配

市川喜代人から売却代金として一、〇七〇万円を二回にわけて受領したが、このうち昭和三四年九月二五日受領の一〇〇万円は杉田陽子外三名の架空名義で四国銀行広島支店に定期預金されたこと(別表1ないし4)、同年一〇月一九日受領の九七〇万円のうち、五〇〇万円が原告名義で広島銀行等に定期預金され(別表18ないし21)、三七〇万円が石塚孝博外一二名の架空名義で四国銀行広島支店に定期預金されたこと(別表5ないし17)は当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙第三号証の一ないし五、第四号証の一ないし九、第五号証の一ないし五、第六ないし第九号証、第一〇号証の一ないし五および証人植田儀重の証言によれば、右架空名義の定期預金のうち、杉田陽子外三名の名義の一〇〇万円の定期預金(別表1ないし4)については昭和三五年一〇月三日までの間に、石塚孝博外三名の名義の一二〇万円の定期預金(別表5ないし8)については昭和三五年一〇月二〇日までの間に、預金者名義がいづれも竹一に変更されたこと、細谷忠孝外八名の名義の二五〇万円の定期預金(別表9ないし17)については、昭和三五年一月一九日解約され、このうち一二〇万円が四国銀行広島支店に、竹一、田丸圭子、田丸敏行、田丸多加子の名義で各三〇万円宛定期預金されたこと(この事実は争いがない)右圭子、敏行、多加子名義の各預金はその後竹一変更されていることがそれぞれ認められる。

右各事実に証人田丸竹一、同阿寿賀武志の各証言ならび原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、売却代金一、〇七〇万円は結局原告と竹一に平等に分配されたことを肯認することができる。

三、右(一)ないし(四)の事実に徴すれば、本件山林は登記簿上は原告単独の所有名義となつていたが、実体は原告と竹一との共有(持分各二分の一)であつたと解するのが相当である。

なお、被告は前記(四)の如く売却代金の半額近くが架空名義で定期預金されていることをもつて、本件山林が原告の単独所有にかかるものであつたことを示すものである旨主張するが、右事実をもつてはいまだ共有であるとの右認定を左右するに足りない。また、成立に争いのない乙第三号証の六、七、第一一号証の一、二、第一二ないし二五号証、第二七号証および証人植田儀重の証言によれば、細谷忠孝外八名の名義の合計二五〇万円の定期預金(別表9ないし17)が昭和三五年一月一九日解約され(この事実は争いがない)、右全員は同日いつたん四国銀行広島支店の市川喜代人の当座預金口座に預け入れられたのち、右市川振出にかかる二五〇万円の小切手により原告が自己名義で払い出しをうけ、そのうち一二〇万円が前記の如く竹一、田丸圭子、田丸敏行、田丸多賀子名義で定期預金されたことおよび前記(四)で述べた架空名義預金等を竹一名義に変更した際に使用されている印鑑が原告の被告に対する異議申立書(乙第二七号証)あるいは原告作成の預金残高証明願二通(乙第二四、二五号証)に押捺されている印鑑に酷似していることがそれぞれ認められるが、これらの事実も前記共有であるとの認定を左右するに足りない。

四、以上のとおり、本件山林は原告と竹一の共有に属し、その売却代金は半額宛分配されたと認められるので、結局原告の前記確定申告は正当なものであり、右山林が原告の単独所有にかかり売却代金全部が原告に帰属したとしてなした被告の本件更正処分および加算税賦課決定はいずれも違法であり取消しをまぬがれない。

よつて、原告の本訴請求は全部正当であるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊佐義里 裁判官 塩崎勤 裁判官 木村要)

別表

預金明細表

〈省略〉

〈省略〉

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